コブラはどのように生まれたのか
ほんの少しでも昔のクルマに興味をお持ちの方ならば、“コブラ”という名前を聞けば、すぐにあの肉感的なロードスターボディが思い浮かべるはずだ。そう、コブラは今なお世界中のエンスージァストにとってのアイドルであり続けている。米国フォード製の大排気量V8と小型軽量ボディがおりなす“獲物を狙うかのような”凄まじい加速力、そしてあの大蛇のごときボディライン……を持つコブラ、これぞ“名は体をあらわす”というべきだろう。
まさしくアメリカンスーパースポーツカーの権化のごときイメージを持つコブラだが、このクルマは実のところ純粋なアメリカ車ではない。いうなれば“日英合作”。コブラのベースとなったのは、英国のACカーズが1953年に発売したエースというスポーツカーで、当初は自社製やブリストル製のエンジンを積んでいた。ところが60年代に入ってブリストルからのエンジン供給がストップして、ACエースは生産中止の危機に瀕する。そこに目をつけたのが、「後にコブラの生みの親である米国人キャロル・シェルビーという人物だった。
アメリカの自動車業界に人脈を持ち、また自身の名を冠したスポーツカーによるレース制覇を夢に見ていたキャロル・シェルビーは、その素性の良いACエースに、フォードの260キュービックインチ(=4260cc)のV8をエンジンを搭載した“ACコブラ”をリリース。62年のことだった。その後、改良を加えられたコブラはシェルビーの思惑どおりに、同62年後半に“シェルビーACコブラ”として米国内のSCCAのプロダクションレースへの参戦を開始し、翌63年からは当時の世界耐久選手権へのチャレンジを開始する。
※1キュービックインチ=16.387cc







