| 試乗レポート |
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レポート:曽宮岳大
写真:吉田宏隆
取材協力:トヨタ自動車株式会社
試乗ステージ:かずさアカデミアパーク
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【 アエラス 2.4L 7人乗り 2WD 】
全長×全幅×全高=4795×1800×1730mm、ホイールベース=2950mm、車重=1740kg、駆動方式=FF、エンジン=2.4リッター・直列4気筒 DOHC(170ps/6000rpm、22.8kg-m/4000rpm)、トランスミッション=CVT、価格=289万8000円
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トヨタ不動の人気ミニバン
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「トヨタの天才たまご」なるキャッチコピーで、初代エスティマが誕生したのは90年5月、まだミニバンなどという呼び名が広まる前だ。当時のこの種のクルマといえば、ハイエース、キャラバン/ホーミーをはじめ、それよりもひと回り小さなタウンエース/ライトエース、バネット、デリカ、ボンゴなど、いわゆる“ワンボックス”しかなかった。だから“箱”じゃないカタチをしたエスティマは異色の存在に見えたものだった。
時代背景も今とはずいぶん違っていた。この年や前年には、NSXやロードスター、GT-R、RX-7(FC3S後期)など数多くのスポーツカーが登場し、“馬力戦争”を展開。一方で、ハイラックスサーフやテラノ、パジェロなどのクロカン4WDブームに火がつき、街では“渋カジ”でヨンクに乗るのが流行ったりもした。また、ハイソカー(VIPカー)の分野ではクラウンにエアサス・マルチ(AVステーション)が付き、セルシオが現れ、シーマ現象が起こっていた。
世の中の関心がクルマに寄せられていたその時代、ニュース性に乏しかったワンボックス界の革命児となったエスティマは、その新しさゆえ、それまでワンボックス系に興味がなかった人からも注目を集めていたような気がする。しかもただ単にカタチが目立っていただけでなく、技術的にもオモシロイと思わせる要素があった。ライバル車よりも大きめな2.4リッターエンジンを床下に搭載していたエスティマは、室内が広く確保されていただけでなく、その当時として唯一(メーカーはもちろん公表していないが)、180km/h出るワンボックスだった…というナイショ話まである。要するに、走りの面でも一歩抜きん出た存在だったのだ。
その後、初代エスティマは、5ナンバーサイズの姉妹車ルシーダ/エミーナを派生したりしながら2000年にフルモデルチェンジするまで、10年も現役を務める長寿モデルとなった。2代目が出た頃には、世の中には相当数のミニバンが溢れていたから初代ほどは話題にならなかったが、ある意味では、初代以上に健闘したのが2代目だったといえるかもしれない。なぜなら、初代に追う形で登場したライバル達を相手に、日本でもっとも競争の激しいミニバン・カテゴリーにおいて6年を持ちこたえ、無事3代目にバトンを渡したのだ。振り返れば、エスティマ誕生時のライバルはみな、その間に消滅したか名前を変えるなど苦戦を強いられていた。この激動の15年を同じ名前で通し切ったミニバンは、エスティマぐらいしかないのだ。
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